交通事故によるうつ病と後遺障害認定
監修福岡法律事務所 所長 弁護士 谷川 聖治弁護士法人ALG&Associates
この記事でわかること
交通事故が原因でうつ病を発症し、後遺症として症状が残ってしまう方もいらっしゃいます。しかし、外傷がなく外見的にわかりにくいうつ病は、果たして後遺障害として認めてもらえるのでしょうか?
後遺障害等級認定の有無は、損害賠償請求において非常に重要です。ここでは、交通事故によるうつ病に着目し、概要や後遺障害として認められるポイントなどを解説していきます。
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目次
うつ病とは
うつ病とは、身体的・精神的なストレスにより引き起こされる、脳の機能障害をいいます。 うつ病は、脳の物理的な損傷はないけれども異常な精神状態になる等の精神症状がみられる、非器質的精神障害の一つといわれます。これに対して、高次脳機能障害のように、脳の物理的な損傷により精神症状が引き起こされるものは、器質的精神障害といいます。 うつ病に罹患すると、強い憂鬱な感情が長く続き、仕事や日常生活に支障をきたしてしまいます。 うつ病と診断されたら、十分な休養をとるとともに、心療内科や精神科といった専門の科で適切な治療を受けましょう。
うつ病が疑われる場合の検査
うつ病が疑われる場合、病院では、うつ病と似た症状を引き起こす認知症や脳卒中の可能性がないことを確認するため、頭部CT検査や頭部MRI検査といった画像検査を行います。また、ホルモンバランスの崩れからもうつ病と似た症状が引き起こされるため、血液検査でホルモンバランスの異常がないか調べることもあります。 これらの検査で異常が見つからなかったことに加えて、次の診断基準に当てはまる場合に、うつ病と診断され得ます。
大うつ病診断基準(DSM-Ⅴ)
①以下の症状のうち、少なくとも1つ以上あること
- 抑うつ気分
- 興味または喜びの喪失
②①の症状と以下の症状の数の合計が5つ以上であること
- 食欲の減退あるいは増加、体重の減少あるいは増加
- 不眠あるいは睡眠過多
- 精神運動性の焦燥または制止(沈滞)
- 易疲労感または気力の減退
- 無価値感または過剰(不適切)な罪責感
- 思考力や集中力の減退または決断困難
- 死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図
また、上記症状がほとんど1日中、2週間以上にわたってほぼ毎日あるために、著しい苦痛または社会的・職業的・または他の重要な領域における機能障害を引き起こしていると認められること及びこれらの症状が、一般身体疾患やアルコールや薬物等の影響では説明できないことも必要です。 うつ病の治療では、抗うつ薬を中心とした薬物療法と認知行動療法等の心理療法が行われます。また、難治性のうつ病の場合には、電気痙攣療法(ECT)を行う場合があります。
交通事故によるうつ病の原因
うつ病の発症の原因は、まだはっきりとは判明していません。現時点においては、ストレスや身体的な病気、環境の変化といった様々な要因が重なってうつ病を発症すると考えられています。 交通事故では、怪我や後遺症による肉体的・精神的な苦痛や生活環境の変化、将来への不安、加害者との交渉の負担や交通事故そのもので感じた恐怖等が原因でうつ病を発症してしまうことがあるとされています。
うつ病の症状
うつ病の症状には、精神的な症状だけでなく、身体の痛みや睡眠障害等といった身体的な症状が現れることがあります。 例えば、うつ病になると、感情の変化が乏しくなり物事への興味や関心がなくなるとともに、仕事能力が低下したり、気分が沈んだり、慢性的な不安感が生じたりします。また、頭痛や動悸が生じたり、疲れやすくなったり、睡眠障害といった症状が現れることもあります。
精神症状
うつ病の精神症状としては、気分が落ち込み活動意欲が低下する抑うつ状態や、慢性的な不安感、意欲の低下、慢性化した幻覚や妄想、記憶や知的能力の障害、検査をしても原因がはっきりしない身体症状を訴える不定愁訴等が挙げられます。
抑うつ状態
気分が慢性的に落ち込み、今まで楽しい、面白いと感じていたことにも同様の感情が持てなくなります。マイナス・ネガティブな感情が持続することで、何をするにも億劫に感じる、幸福感を得られなくなるといった状態になる症状をいいます。
不安・焦燥
極端な不安や焦燥感に駆られるのも、うつ病の症状のひとつです。理由の有無にかかわらず、極度の不安や恐怖を感じたり、強迫観念などによる強い不安が続いたりすることで、耐え難い苦悩が生じてしまう状態です。
「消えてしまいたい」と思うようになったり、落ち着きのなさやイライラしている様が周囲から見てわかったりすることもあります。
意欲低下
あらゆる事柄に対して意欲低下がみられる症状も特徴的です。好んでいた趣味・嗜好品などにも興味が持てず、周囲の人との会話も面倒に感じることがあります。知的好奇心も低下しがちであり、日常生活における身だしなみや服装などにも関心が持てなくなることもあります。
慢性化した幻覚・妄想性
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった知覚機能において、実際には存在しないものへの感覚を体験してしまう幻覚の症状や、自分には特殊能力があるといった間違った確信を抱く妄想などの症状が慢性的に表れることもあります。
記憶または知的能力の障害
身体に異常がないのに、「自分が誰なのか」といった一切の記憶を失ったり、ある時点における記憶がなくなったりする“健忘”の症状をいいます。現実味を帯びない感覚や、事故前後の記憶の一切がなくなるといったことも起こり得ます。
その他(衝動性の障害、不定愁訴等)
じっとしていられない多動や、我慢ができない衝動、そして徘徊などに加えて、「なんとなく体調が悪い」といった医学的に症状の説明が不可能な不定愁訴の他、分類でき兼ねるいっさいの症状をいいます。
身体症状
うつ病の身体症状としては、夜熟睡できない、あるいは反対に強い眠気のために起きられないといった睡眠障害や、食欲の低下あるいは増加、疲労感や倦怠感、頭痛・肩の痛みといった自覚症状等が挙げられます。
睡眠障害
寝つきが悪い(入眠困難)、熟睡できない(熟睡障害)、途中で起きてしまい再び眠れない、朝早く起きてしまう(早朝覚醒)といった不眠や、日中眠くて仕方がない過眠といった症状をいいます。
食欲の変化
食欲が異常に低下したり増加したりすることが慢性的に続くといった、「食欲の変化」もうつ病の大きな特徴といえます。そのため、体重の大幅な増減がみられ、見た目が大きく変わる身体的変化も表れます。
疲労感・倦怠感
睡眠障害に次いでよく現れる症状で、疲れるようなことはしていないのに疲労する、疲れが続いて最低限の仕事に対しても多くの労力が必要となるといった症状をいいます。
自律神経症状
一見うつ病とは関連がなさそうですが、いわゆる“自律神経症の乱れ”が表れるのも、うつ病の身体症状の特徴的な点といえます。具体的には、動機や息苦しさ、口の渇き、めまい、血圧の変化、便秘や下痢といった症状が挙げられます。
身体の重さや痛み
“精神症状と並行して”、頭に痛みや重みを感じたり、肩や首周りが凝ったりする症状が長く続くケースもあります。「検査をしても異常がみられない」ことが特徴的で、医学的に説明・立証するのが困難な症状です。
うつ病の後遺障害等級
うつ病は「非器質性精神障害」という、“脳の損傷を伴わない精神障害”に区分されます。後遺障害等級認定においては、精神障害として認定される可能性がありますが、具体的にはどのような症状が当てはまるのでしょうか?
「労務への支障の程度」がキーポイントとなるようです。認定され得る等級とともに、障害の程度をみていきましょう。
等級 | 障害の程度 |
---|---|
9級10号 | 通常の労務に服することはできるが、うつ病により、就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの |
12級相当 | 通常の労務に服することはできるが、うつ病により、多少の障害を残すもの |
14級相当 | 通常の労務に服することはできるが、うつ病により、軽微な障害を残すもの |
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うつ病の後遺障害等級認定基準について
自賠責保険の後遺障害等級認定基準は、労災保険の認定基準に準じます。そのため、後遺障害等級認定の基準を考えるうえで、労災保険の認定基準の理解が大切です。 うつ病等の非器質性精神障害は、労災保険の認定では、ICD-10と呼ばれる国際的な基準を用いて評価されます。 ICD-10とはどのようなものなのか、下記に表としてまとめましたのでご覧ください。
非器質性精神障害の基準(ICD-10)
次のaの精神症状のうち1つ以上の精神症状を残し、かつ、bの能力に関する判断項目のうち1つ以上の能力について障害が認められること
a 精神症状 | b 能力に関する判断項目 |
---|---|
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そして、ICD-10の基準をどれだけ満たすかによって、後遺障害等級の評価が変わります。
具体的には、下記のように評価されます。
9級10号 | 通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、就労可能な職種が相当な程度に制限されるもの | bの判断項目の②~⑧のいずれか1つの能力が失われているもの、または判断項目の4つ以上についてしばしば助言・援助が必要と判断される障害を残しているもの |
---|---|---|
12級相当 | 通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、多少の障害を残すもの | bの判断項目の4つ以上について、時に助言・援助が必要と判断される障害を残しているもの |
14級相当 | 通常の労務に服することはできるが、非器質性精神障害のため、軽微な障害を残すもの | bの判断項目の1つ以上について、時に助言・援助が必要と判断される障害を残しているもの |
*なお、上記の基準は、働いている又は就労の意欲があることを前提としています。
働かれていない方の場合は、aの精神症状及びbの①身辺日常生活の支障の程度により判断することになります。
請求できる後遺障害慰謝料
うつ病が後遺障害として認定され得る後遺障害等級と、等級別の後遺障害慰謝料についてまとめた表です。
等級 | 自賠責基準 | 弁護士基準 |
---|---|---|
9級10号 | 245万円 | 690万円 |
12級相当 | 93万円 | 290万円 |
14級相当 | 32万円 | 110万円 |
うつ病が後遺障害として認められた場合の慰謝料の計算例
では、うつ病が交通事故による後遺障害として認められた場合、慰謝料はどのくらいもらえるものなのでしょうか? 内訳としては、入通院によるものと後遺障害によるものの2種類が受け取れるようになります。それぞれ、例を用いて「自賠責基準」と「弁護士基準」の計算方法で算出してみますので、基準ごとの金額の差にもご注目ください。 <例> 入院期間なし、通院期間306日(継続中)、実通院日数263日、後遺障害等級9級10号
自賠責基準
入通院慰謝料
このケースで注意が必要なのは、「通院を継続している」という点と、自賠責基準における「傷害分の賠償額の上限額は120万円」という点です。 まず、計算上では入通院期間に7日加算して計算していくこととなります。 【入通院期間】と【(入院期間+実通院日数)×2】のどちらか少ない方に、日額4300円※をかけて算出しますので、 入通院期間313日×4300円※1=134万5900円 上限額の120万円をオーバーしていますので、入通院による慰謝料として受け取れるのは、最高でも120万円となります。 ※1 新基準で算出しています。令和2年4月1日より前に発生した事故の場合は、旧基準の日額4200円が適用されます。
後遺障害慰謝料
第9級の後遺障害慰謝料は、号数に関係なく249万円※2です。 後遺障害慰謝料は、等級ごとに定額となっています。例えば、うつ病で認められる可能性のある第14級は32万円、第12級は94万円といった具合に、等級が上がるごとに金額も増額していきます。 ※2 新基準で算出しています。令和2年4月1日より前に発生した事故の場合は、旧基準が適用されます。
総額
「入通院慰謝料120万円+後遺障害慰謝料249万円=369万円」が慰謝料として受け取れる総額となります。
弁護士基準
入通院慰謝料
弁護士基準では、入通院期間を用いて入通院慰謝料を算出します。具体的には、赤い本(民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準)記載の入通院慰謝料表の、入院期間と通院期間の重なるところを参照します。通常は別表Ⅰを用いますが、他覚的所見のない軽傷の場合は別表Ⅱを用います。 したがって、別表Ⅰで、入院期間なし、通院期間313日の重なる部分を参照すると、入通院慰謝料は147万1000円(切捨)となります。
後遺障害慰謝料
弁護士基準では、後遺障害等級9級10号の後遺障害慰謝料を、690万円と定めています。
総額
よって、
「慰謝料総額=146万1000円+690万円=837万1000円」
となります。
交通事故とうつ病の因果関係の立証がポイント
うつ病が後遺障害として認定されるためのポイントはいくつかありますが、最も重要なものは、交通事故とうつ病の因果関係の証明です。
交通事故の損害賠償である、後遺障害慰謝料や後遺障害逸失利益の対象となるのは、当然交通事故を原因とする後遺障害です。しかし、交通事故に遭ったすべての人がうつ病を発症するわけではありません。そのため、医師によって「後遺症が残存している」という診断が下されたとしても、因果関係が当然に認められるわけではありません。
特に、
・交通事故前から既にうつ状態であった場合(既往症があった場合)
・被害者の元々の性格が発症に寄与している、または症状の重症化に影響している可能性がある場合
といった要素がある場合には、不利に判断されがちです。
うつ病と交通事故との因果関係を証明するためには、「交通事故以外にうつ病の原因がない」ということの証明が必要ですが、そのためには、過去の裁判例を参考にした証明をすることが考えられます。
こうした証明には法律知識と医学的知識が必要不可欠ですから、医学的知識を備えた弁護士に相談することをお勧めします。
うつ病が後遺障害として認められた裁判例
ここで、うつ病が交通事故による後遺障害として認められた実際の裁判例をご紹介します。 結果に関連してくるのは、事故との相当因果関係の立証や、被害者の心因的要素の影響などであることがわかります。
大阪地方裁判所 平成18年9月25日判決
<事案の概要>
一方通行規制に違反して、信号機のない交差点に進入した原告運転の原動機付自転車と、交差道路から一方通行規制に従い交差点に進入してきた被告運転の普通乗用自動車と衝突した事案です。 本件事故によりうつ病を発症したという原告の主張を被告が否定したため、原告の後遺障害の内容や程度について、争いとなりました。
<裁判所の判断>
裁判所は、原告がうつ病を発症した経過について、次の事実を認定しました。
- ①原告は本件事故以前には顕著な病歴がなく、特に問題なく稼働できていたこと
- ②整形外科的症状が改善しなかったこと
- ③上記②を主治医に指摘された頃から調子が悪くなったと訴えていること
- ④就労していないことについて近所の人から変な目で見られていると思うと訴えていること
- ⑤精神神経科医からうつ状態(及び抑うつ状態)である旨診断されていること
裁判所は、上記の事実を踏まえて検討した結果、原告は、本件事故により傷害を負い、整形外科で治療を受けたのに自覚症状が改善せず、復職の目途が立たなかったこと等からうつ状態になったものと認められると判断しました。 加えて、その後精神科で治療を受けても症状が改善しなかったこと、被告から債務不存在確認請求訴訟を提起される等して事故の補償問題が難航したこと、期待通りの後遺障害等級認定が出なかったこと等により症状が悪化したために、意欲の低下や全身倦怠感、易疲労感等の自覚症状が生じているものと認めました。 そして、交通事故によって障害を受けた人が、その症状により精神的苦痛を受けた結果うつ病を発症することは、稀な因果経過ではなく、通常人において予見可能なものということができるから、本件事故と原告のうつ病発症との間には、相当因果関係が認められると判示しました。 次に、原告が発症したうつ病の後遺障害等級について、原告の精神症状は就労できる程度には改善されておらず、終日自宅で過ごしているものの、日常生活を送る上で大きな支障があるとまでは認められないことからすると、後遺障害等級9級10号「神経系統の機能または精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に相当すると考えました。 ただし、原告がうつ病を発症したことは、原告の心因的要素が相当影響しているものと考えられ、また、症状が進行し、治療が長期化したことについても原告の心因的要素が影響しているといえるとして、20%の素因減額を行いました。
交通事故によるうつ病は弁護士にご相談ください
うつ病の後遺障害等級認定基準やそのためのポイント等について説明してきました。 うつ病は非器質性精神障害であり、身体組織の物理的な損傷がなく、診断も問診に頼るところが大きいため、特に専門知識が必要な傷病だといえます。そのため、うつ病の発症の原因が交通事故以外にないと証明するうえでは、こうした専門知識が必要不可欠です。また、後遺障害等級認定は法的手続きのため、法律知識も要求されます。 それゆえ、その両方を兼ね備えた、医学的知識のある、交通事故について経験豊富な弁護士にご相談・ご依頼されることをお勧めします。こうした弁護士が集まる弁護士法人ALGは被害者の皆様の力強い味方となる存在ですので、まずはお気軽にご相談ください。
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交通事故事件の経験豊富な
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本人負担が生じることがあります。
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※死亡・後遺障害等級認定済みまたは認定が見込まれる場合
※事案によっては対応できないこともあります。
※弁護士費用特約を利用する場合、別途の料金体系となります。